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         システム設計における魔法の儀式
       Formality of the incantation in the system design

 システム設計やシステム開発は、システム全体を整合性のとれた統一的な形式で設計すべきであるという勘違から出発している。たとえば現実には、多くの企業が他社と日常的な取引をしているにも関わらず、それぞれの企業が独自のシステムを稼働させていても取引に全く支障がないばかりか、他社のシステムダウンやシステム改良にも全く影響がない。それを可能にしているのは、自社と他社との間で円滑なコミュニケーションが取れているからである。
 つまり自社の中で部署や業務が異なれば、自社の中に多くの異なったシステムが稼働していても、自社の業務には全く支障のないことが分かる。もし各部署や業務システムがダウンしても、社内の他の業務システムに直接的な影響はない。またある部署の業務システムを改良する場合は他の部署に影響がなく、さらに改良は小規模であり、小コストかつ短時間で済む。
 なぜそのようなシステム開発が可能であるのか疑問に感じるであろう。システム開発とは、上流から下流に向かって行われるシステム設計・開発における儀式が必要であるという先入観があるからである。昔、コンピュータの性能が極めて乏しく、その乏しい性能に適応させるためには魔法の儀式が重要であり、未だにその儀式をコンピュータを駆使して大規模に実施している企業が多い。
 我が社は、システム開発における本来の常識に基づき、システムの規模の大小に関わりなく、システムの専門家ではない業務に精通した担当部署のスタップが担当できるシステム開発手法を提案する。(2015.9.20)
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          五感を超えた入力器官
      Five transcendental Sensory Receptors
 人の視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚など5つの感覚器官はそれぞれ独立した入力器官であるが、脳内で我々の予想を超えた情報の組み合わせによる独自の感覚形態を生み出していると、Ariel Bleicherは指摘する。視覚はただものを見るだけでなく、聴覚は音を単に聞くだけではない、常に人の感覚器官はいろいろな脳の部位に情報を伝達し、相互に補い合い、そのメカニズムは五感を超えて非常に多様な感覚の組み合わせを生んでいる。
 たとえば、目は単に視覚情報を視覚系に伝達するだけでなく、体内時計や光の強度と光源などの情報を他の部位にも伝達しており、匂いは色情報に温かさや色味の情報を与えることが分かってきた。その意味で、人の感覚器官は非常に多くの組み合わせによる多様な情報を伝達する役割を演じている。
 別の見方をすれば人の感覚器官は、ある役割を持って脳のいろいろな部位に情報を伝達するだけの単純な器官であるともいえる。つまり脳は、いろいろな感覚器官から入力された情報を多様かつ並列的に処理する複雑な仕組みであるといえる。そのような仕組みがある感覚器官から情報が遮断されたとき役に立つこともあり、たとえば盲視などはその例である。
 人は日常的に単一の入力刺激のみで処理を行っていないのである。つまり人の判断は、その人を取り巻くその時その場における環境とその人の感性の融合から得られた入力情報と、脳内に保持されている過去の記憶と創造的な処理結果である。その意味では、特定目的型入力機器と固定的なプログラムによるコンピュータ処理とは大きな違いがある。
 コンピュータによる処理結果は、予め決められた目的による入力情報をもとに予め設計されたプログラムによる処理である。そこには、入力情報の多様性もなければ固定されたプロセス(プログラム)の変化はもとより進化もない、常に予測される固定した処理結果である。そのため、コンピュータは高速かつ正確に予定された結果を示すことができる。
 しかし今日の企業活動のように、日常業務をコンピュータに依存する環境の中で作業する社員にとって、本来、人が持っている五感を超えた入力器官を活かすことができるだろうか。そのような環境の中で、はたして社員は多様かつ急速に変化するグローバルな経済活動に適応できるのであろうか。なぜ人は五感を超えた入力器官が必要なのであうか、なぜ人の脳は多様な入力情報を高速かつ並列的に処理することが求められているのか。それは、日々、人が効率的に環境に適応するために必要不可欠な進化の選択肢であったと考えるべきであろう。
 つまり、非常に複雑で多様に変化する社会環境の中で、効率的に判断する必要があったからである。しかし、コンピュータに頼りながら正確で安定した結果が得られる企業環境の中で、その機能を活かす必要があるのであろうか。常に人は、効率的な環境への適応を選択するものであり、安定かつ安心なコンピュータ処理による企業環境の中で、継続的に業務を遂行する社員がどのような結果に至るのか、その結末は明確である。 (2016.4.10)
Ariel Bleicher: Edges Perception, SCIENTIFIC AMERICAN MIND, Marth/April 2012(A. ブライチャー:五感を超えた力、意識と感覚の脳科学、別冊日経サイエンス,8-15,2014)

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         箸とフォークとソフトウェア
        Chopsticks, a Fork and Software

 箸の文化とフォークの文化の違いは、ソフトウェアの開発にも影響を与える。それは、これから開発が進むであろう人工頭脳の開発に大きな影響を与えることになると思われる。
 箸の文化圏では、箸のみですべての食事をする、たとえ味噌汁のようなスープであっても箸で食べる。フォークの文化圏では、出される料理に合わせて食器具を替え、その都度、フォーク、スプーン、ナイフなどを使い分けて食事をする。箸の文化圏やフォークの文化圏では、長い歴史の中からそれぞれ合理的な仕組みで食事をしているのである。しかし、両者の発想では根本的な文化の違いが見られる。
 箸の文化では、すべての料理を箸に合わせて調理し、箸に合わせた食べ方をしている。つまり箸を中心にした食文化が成立しているのである。それは、1つの原則を中心にし、その原則に従って周りの現実に適応(工夫)していく文化である。しかし誤った原則を中心にすると、それは壊滅的な困難に直面する危険性もある。
 フォークの文化は、目の前に見える食材や食事を基本とし、その食事に適切な食器具を合理的に取り替えていくものであり、視覚的合理性に富んでいる。今、眼前に見えているものに合理的な価値観を求める文化である。しかし、眼前に見えるものが蜃気楼のように見えなくなったときに、取り返しのつかない大きな困難に陥る危険性が高い。
 現在のソフトウェアはフォークの文化において開発されたものであり、まさに巨大化した眼前のソフトウェアは蜃気楼のような状況にあるといえる。それを脱するために追求している「人工知能」の開発手法は、フォーク文化の発想をまことによく表現しており、それが行き着く先は誰も想像できないだろう。そこで、ソフトウェアの開発に「箸の文化」を導入することも必要である。
 人の頭の中はこれからも可視化できない蜃気楼のようなものであり、そこに「箸の文化」を導入することに意義があると考えている。また「箸の文化」は環境や生活と密着した文化であり、決して人前に出ないそして自然とともにある文化でもある。
 人は、感性豊かな動物であり、知的な社会活動の中で豊かな感性を活かす暮らしを求めている。しかし高度な知識社会では、今後、人は耐えきれないほどの精神的な苦痛を強いられることになる可能性が大きい。まずは、人が心豊かに生きることができる仕組みを支援することを考えるべきであろう。                               2016.11.25
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    コンピュータと人との違い ―遠くにある人工頭脳―   
Difference between Human and Computer : far-off artificial brain

 コンピュータと人は似て非なるものである。コンピュータは、人の機能を模倣したものであると言われているが、それは基本的な機能のみである。たとえば、コンピュータの入力装置であるキーボードを見てみよう
 キーボードは、コンピュータに文字情報を入力する機器であり、端的には文字入力のみに特化した機器である。キーボードは、2次元に配列された配線の交点に文字キーとして使用する感圧スイッチを並べたものである。キーボードの文字キーを押すと、押された感圧スイッチつまり配線上の交点の位置情報がコンピュータ本体に送信される。実際には、位置情報に対応した文字コードと呼ばれるディジタル信号が送信されるのである。つまり、キーボードは文字コードを入力するだけの機能しか保持していないのである。そのため、正確でミスもほとんどないのであろう。コンピュータ本体および周辺機器は、ほとんどこのような特定の目的に特化した機能のみを満たすものである。
 つぎに、人の感覚器官としてのキーボード機能を想定してみよう。たとえコンピュータのキーボードと同じ機能を備えていたとしても、人の感覚器官は決して文字入力のみに特化したものではない。たとえば、キーボードが押された強さ、スピード、次々とキーが押されていく速さなど、採取可能な情報をできる限り取り込んでいくであろう。そしてそれらの情報から、キーボードを押している状況つまりキーボードとそれを押している人の状態などを含めたそのときの環境そのものを自動的に読み取っていく。
 手書きの文字を見ている人の姿を想像してみよう。そこには何という文字が書かれているのかだけでなく、人は文字の形状や書き方からその人の性格までも自動的(無意識的)に読み取っているのである。つまり人の入力器官は、あらかじめ予定された情報を処理するだけでなく、その時その場で得られる入力情報から刻々と変化する環境を読み取る器官であると考えるべきであろう。その意味で人の入力器官は、予め予定された情報を獲得するために設計されているのではなく、過去の体験から想定可能な環境の変化に適応できる仕組みを考慮して設計されたものである。
 人をはじめとする生物は、特定の情報入力や決められた情報処理を確保するための仕組みではなく、日常的に変化する環境に適応するための「仕組み」を保持することを目的としている。そして、日々刻々と生活環境の変化に適応する仕組みは、「無意識のメカニズム」において仕組みそのものを修正する機能が作動し、徐々に「自律的な進化(変化)」を遂げているのである。
 そのような情報の入力から処理方法や活用の仕方まで、人とコンピュータでは仕組みそのものが大きく異なっているのである。コンピュータのメカニズムが「情報処理」と呼ばれるのであれば、人のメカニズムは「仕組み処理」と呼ぶべきかもしれない。人口知能が人工頭脳に近づくためには、人工頭脳を設計する人々の概念そのものを転換する必要がある。 (2016.4.10)
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              協奏学習システム 
            Concerted Learning System

 現在、我が社が開発に取り組んでいる協奏学習システムとは、人とシステムが予め学習目標を申し合わせ、ともに学ぶために協同で学習を進めていくものであり、人はシステムの知的活動支援を受けながら極めて効率的な学習を進め、システムはプログラムにない創造的な思考を学び取ることにより、お互いが協奏的に学習を進めることができる仕組みである。 (2016.4.10)
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